【悲しすぎる選択】自ら命を絶ったアイドルたちの悲劇、彼らが選んではいけない道を選んだ理由とは

みなさん、こんにちは!

今回は「悲しすぎる選択」をしてしまったアイドルについて、自ら命を絶ってしまったアイドル・俳優や、なぜその選択をしたのかなどをまとめてご紹介していきたいと思います。

悲しすぎる選択…自ら命を絶ってしまったアイドル・俳優

近年、芸能人や有名人に対する誹謗中傷が大きな問題となっています。

ここ数年のSNSやインターネットの広まりによって、その被害もさらに大きなものとなっていったと言われていますね。

そしてその被害は、K-POPアイドル界にも確実に広まりを見せ、大きな問題として取り上げられています。

K-POPアイドルの労働環境やメンタル面などのケア不足に関しては、その過酷さを海外メディアが報じたこともあるのだとか。

今回は、そのような被害から、悲しすぎる選択をし訃報が報じられたアイドルや俳優たちを振り返りたいと思います。

SHINee ジョンヒョン

1990年4月8日生まれのSHINeeジョンヒョン。

SMエンターテイメントにスカウトされたことをきっかけに、3年間の練習生期間を過ごし、2008年5月にSHINeeのメインボーカルとして華々しくデビューしました。

2011年6月には日本デビューも果たし、2015年には初の単独東京ドーム公演を開催。

圧倒的な歌唱力を披露し、日本のみならず世界中のファンを魅了しました。

歌手活動以外には、2014年から2017年までラジオ番組『青い夜』のDJを務めたジョンヒョン。

さらにソロ活動でも高い評価を得ており、自身のソロ曲はもちろん、メンバーのテミンや後輩グループEXO、IUやイ・ハイなどのアーティストに楽曲を提供したこともあります。

しかし、2017年12月18日、宿泊施設で倒れているところを警察と救助隊に発見され、大学病院に搬送された後、亡くなっていることが確認されました。

ジョンヒョンが宿泊していた室内では、練炭を燃やしたとされる形跡が見つかったため、極端な選択をしたと判断されることに。

この訃報は、韓国国内で速報が出されただけでなく、日本を含めた海外でも大きく報道されました。

ジョンヒョンは生前より、うつ病に悩まされていたことが大きな原因かと言われています。

また、以前よりジョンヒョンと交流があった人物から「自分が亡くなったら公開するように依頼されていた」という遺書があることが明かされ、遺族と相談した後に全文を公開されています。

2018年1月23日には、遺作となるアルバムの音源が公開され、翌日に発売。

さらに1月23日にはタイトル曲『Shinin’』のMVも公開され、韓国の音楽番組や複数のチャートで一位を獲得。

改めて、多くの人たちから愛されていたことを証明する結果となりました。

f(x) ソルリ

1994年3月29日生まれのソルリ。

ソルリは子役出身で、11歳でデビューの後にSMエンターテイメントのオーディションを受け、2009年にf(x)のメンバーとしてデビューします。

169cmといった高身長であることから、「ジャイアントベイビー」と呼ばれ愛されていました。

さらにアイドル活動と並行して俳優活動も継続し、2012年には韓国版『花ざかりの君たちへ』で主演を務めています。

しかし、2014年7月に悪意あるコメントや事実無根の噂のため、心身共に疲労していると所属事務所に訴え、本人の意思が尊重された結果、活動を休止することが発表されました。

誰もがソルリのグループ復帰を待ち続けていましたが、翌年の8月にf(x)を脱退。

その後、2019年にドラマ『ホテル・デルーナ』に出演し、ソルリが作詞を務めた『Goblin』をリリース。

f(x)脱退から約4年後、ソロアーティストとして活動を開始します。

今後の活躍が期待されていた矢先の2019年10月14日、自宅にて、マネージャーに遺体で発見されました。

悪質なコメントがソルリに負担をかけていたことは明白であり、うつ病を抱えていたとも言われています。

生前ソルリは、生配信で「私を誤解しないでね」「私は悪者じゃないよ」と悪質なコメントを続ける人物たちに訴えていました。

告訴も考えたそうですが、相手が同年代だと判明すると「同年代を前科者にするのは心苦しい」と取り下げる選択に至ったとのこと。

2023年、ソルリの遺作となる映画『ペルソナ2』が公開、Netflixでも配信が開始され、世界中のファンが早すぎる別れを惜しみました。

KARA ハラ

1991年1月3日生まれのハラ。

ハラは公開オーディションに合格し、既存グループだったKARAのメンバーに加入して本格的な芸能活動を開始します。

韓国でミニアルバムをリリースし、2010年8月11日に日本デビュー。

日本デビュー曲『ミスター』は、K-POPブームをもたらすほどの影響を与えました。

日韓ともに絶大な支持を得ていた中、2014年にニコルとジヨンが事務所との契約を更新しない選択をしKARAを脱退。

その後、オーディションで選ばれたヨンジが加入して活動を継続します。

しかし2016年にハラとギュリ、そしてスンヨンが事務所との契約を更新することなくKARAとしての活動に一旦幕を引きました。

今後の活動が期待されていた中、ハラは2019年5月に自宅で意識不明の状態で発見されます。

幸いにも一命を取り止めたハラは、6月にプロダクション尾木と契約し、日本に活動拠点を移すことに。

日本でシングル曲を発売しツアーも開催、ハラの活躍を待ち望んでいたファンにとってさらにこれからの活躍が期待されていました。

ですが、2019年11月24日に韓国の自宅で遺体となって発見されたという訃報が。

ハラが書いたとされるメモには身の周りを悲観する内容が綴られていたため、極端な選択をしたと判断されました。

ハラは、友人であるソルリの訃報に触れ、涙を流しながら「あなたの分まで一生懸命に生きるよ」とメッセージを伝えたばかりでした。

そして2022年11月29日、KARAはハラを含む6人グループで再始動。

タイトル曲『WHEN I MOVE』のMV内では、ハラの分の食器セットや6本目のスタンドマイクが用意されていたことが話題となりました。

ASTRO ムンビン

1998年1月26日生まれのムンビン。

2004年に子役モデルとしてデビューし、東方神起のMVに出演したことをきっかけに「リトル東方神起」と呼ばれるように。

2009年には、子役として韓国版『花より男子』にも出演しました。

この頃から、歌手活動をするため事務所に入社し、2016年2月にASTROとしてデビューするまで約8年間を練習生として過ごしています。

デビューした年の7月には、韓国の文化が体験できるフェスティバル『KCON』のロサンゼルス公演に出演。

他にもソウルで単独公演を開催し、さらに日本やタイ、インドネシアでショーケースを行うといった活躍ぶりを見せました。

その一方で、ムンビンは2019年11月に体調不良のため活動休止を発表。

2020年2月14日に、生配信内で活動再開をファンに報告し、その後はWebドラマ『人魚王子』で主演を務めます。

さらに韓国ファッションブランドのモデルに起用されるなど、グループ活動だけでなく個人としても勢力的に活動しました。

ASTROの末っ子であるユンサナとユニット活動も行い、2023年3月からはユニット初のワールドツアーを開始。

日本公演も控えていたのですが、2023年4月19日に自宅で倒れているところをマネージャーが発見。

その後、亡くなっていることが確認されました。

メンバーや所属事務所はもちろん、多くのK-POPアーティストたちがムンビンを追悼。

2024年1月26日、ムンビンの誕生日には、親友であるSEVENTEENのスングァンがカバー曲と共にムンビンとの思い出を振り返る動画を公開し話題となりました。

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K-POPアイドルの早すぎる別れが記憶に多いと思いますが、あまりに早すぎる最後を迎えてしまったのはアイドルだけではありません。

名作と呼ばれるドラマや映画に数多く出演し、物語を彩った俳優たちもまた、悲しすぎる選択をしていました。

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パク・ヨンハ

1977年8月12日生まれのパク・ヨンハ。

日本に『冬のソナタ』ブームを巻き起こした1人で、作中ではペ・ヨンジュン演じる主人公の恋敵役として登場しました。

また歌手としても活躍し、2008年には日本ゴールドディスク大賞にて「シングル・オブ・ザ・イヤー(洋楽)」と、「ザ・ベスト・エイジアン・アーティスト」の二冠を獲得しています。

韓国では俳優として、日本では歌手として活動していたのですが、2010年6月30日、早朝に遺体として発見されました。

自ら電気コードで首を閉めたことで感電し、胸部圧迫のために亡くなったと判断されています。

極端な選択をしたきっかけには、末期の胃がんを患う父親の介護疲れや事務所経営のストレスなどが挙げられました。

さらにパク・ヨンハは、日本で活動するうちに韓国と日本の歴史について学び、「竹島は日本の領土」と認めたことから韓国では酷い誹謗中傷を受けていました。

また、目の水晶体に異常が見つかったため兵義務が免除されたことから、さらに過度な誹謗を受けていたことも大きな原因ではないかと言われています。

葬儀には日本からも多くのファンが足を運び、亡くなっても名を忘れられない俳優の1人だと、今もたくさんの韓国ドラマファンが彼の名前をあげているようです。

イ・ソンギュン

1975年3月2日生まれのイ・ソンギュン。

2007年に韓国版『白い巨塔』や『コーヒープリンス1号店』でブレイクを果たすと、2014年には主演映画『最後まで行く』が国際映画祭で上映され、韓国でも数多の賞を獲得し高評価を得ました。

2018年には、国民的人気俳優イ・ジウン(IU)と共演。

翌年にはアカデミー賞を受賞したことでも有名な『パラサイト 半地下の家族』に、大豪邸で暮らすIT企業の社長であるパク・ドンイク役で出演。

そこから、若年層やそれまで韓流に関心が低かった層からも知名度を得ることになります。

まさに韓国を代表する名俳優として、これからの活躍が大いに期待されていたイ・ソンギュン。

しかし、2023年10月に「麻薬不法投薬疑惑がかけられている俳優がいる」とマスコミが報道し、その俳優がイ・ソンギュンであると瞬く間に噂は広がります。

その後、所属事務所を通して捜査中であることを正式に認めたものの、イ・ソンギュン側は事件関係者に恐喝・脅迫をされた被害者であると主張。

また、違法薬物投薬についても否定しており、2回の検査は陰性が出ています。

警察の19時間にわたる捜査にも、「誠実にお話した」と協力的な姿勢を見せていました。

しかし、2023年12月27日、ソウル市の公園に停められていた車内で意識不明の状態で発見され、亡くなっていることが確認されました。

車内には練炭を燃やした後があり、イ・ソンギュンの妻が遺書のようなメモを発見したことから自ら命を絶ったと言われています。

現在、イ・ソンギュンに恐喝・脅迫を行ったとして、2名が警察によって起訴。

さらには、捜査をしていた警察庁が麻薬投薬に関する調査報告書の流出を認めています。

多くの芸能人やファンが悲しみに包まれる中、未だ事件の完全解決には至っていないようです。

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多くのK-POPアイドル、俳優たちが、自ら命を絶ってしまっていることが分かりますね。

韓国芸能界の過酷な労働環境はもちろん、アイドルをはじめとした芸能人たちに繰り返される誹謗中傷も問題視されるべきこと。

SNSでの誹謗中傷などは本当に改善されなければいけない問題として、今も多くのメディアが取り上げているようです。

様々な苦難を乗り越えて、私たちファンを楽しませてくれるアイドルや俳優たち。

どうかこれから先も、笑顔で幸せに、辛いことや苦しいことが1つでもなくなってくれることを心から願いたいですね。

まとめ

今回は「悲しすぎる選択」をしてしまったアイドルについて、自ら命を絶ってしまったアイドル・俳優や、なぜその選択をしたのかなどをまとめてご紹介しました。

みなさんはどう思いましたか?コメント残してくれるとうれしいです。

この記事を書いた結果!

・悲しい選択をするアイドル・俳優が多い

・アイドルや芸能人に対する誹謗中傷が酷すぎる

・K-POP界は労働環境が過酷ともいわれている

・誹謗中傷はもっと大きく議論すべき問題

という結果になりました。

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